名医と迷ランナー第8話
更新日:2015年8月22日
運動生理学の視点から その1
けがや運動障害から身を守り高度な練習を可能にするために筋力は大切ですが、ただ単に速く走ることだけを考えるならば、ほとんど必要ありません。これは、抵抗が0の秤があれば両方の天秤に同じ重さの物さえ乗せていれば10トンであろうと、1000トンであろうと、∞の重さであろうと、指1本で動かすことができるからです。効率よく、速く走るためには、筋力を高めるという考え方よりはバランスを整えるという考え方の方が大切であり、速く走るために妨げとなる体の中の抵抗を取り除くことが重要です。筋力については、最大値を追い求めるよりはリラックスを心掛けることの方が大切です。これがウィンドスプリントが重要であると力説してきた、もう一つの側面でもあります。
ところが、持久力はそうはいきません。ヒトが走り続けるには、筋肉にエネルギーを供給し続けなければなりません。そのためには酸素が必要です。
体内に酸素を取り込む能力の最大値(最大酸素摂取量)について考えてみます。
その最大値である最大酸素摂取量が高ければ高いほど、運動強度(スピード)に対する余裕が生まれ速く走れます。また、移動させる重量(体重)が軽ければ軽いほど、運動強度は低くなり酸素を必要としないので、よりスピードを上げて走ることができます。このため酸素摂取量は、1分間に体重1kg当たり何ミリリットル(ml/kg/min)という単位を基本に考えます。
超一流のマラソン選手の最大酸素摂取量は75ml/kg/min前後、一般人は40ml/kg/min前後と言われています。最大酸素摂取量は大学などの研究機関で測定することができますが、最大努力(追い込み)を必要とする為、大変危険を伴います。そこで、酸素摂取量の増加に対応して増加する心拍数を用いて、最大下の結果から最大値を推定するプログラムが開発されています。このプログラムは、フィットネスクラブ(アガーラ)などに置かれている自転車エルゴメーターやトレッドミルなどに組み込まれているので、測定して参考にされると良いと思います。ただ、かなりレベル高く走り込んでいる方は、標準に組み込まれたプログラムでは運動強度が低く、心拍数があまり上がらないため、結果が良く出る傾向があります。この様な場合は、スタッフに相談してください。
これらのことから、最大酸素摂取量を知ることができれば、計算による推定でフルマラソンのゴールタイムを推定できます。年齢や性別を加味したり、ある程度の幅を持たせたものなど多くの推定式がありますが、ここでは比較的簡単に計算できるFosterとDanielsの式(フルマラソンのタイム(分)=387.3-3.45×最大酸素摂取量)を用いて、もう少し具体的に考えてみます。
先の超一流のマラソン選手の場合だと(387.3-3.45×75=128.55)でゴールタイムの推定は2時間08分台となります。同様に、一般の最大酸素摂取量が40ml/kg/minの方がフルマラソンを走れば4時間10分になります。
体重が軽いということは速く走るためには重要な要素で、極端な例ですが、先の一般の方の体重が70kgだったとして、体力を低下させることなく体重を50kgまで減量できれば、最大酸素摂取量は56ml/kg/minになり3時間14分台で走れることになります。ここでは詳しくは触れませんが、体重は軽すぎると別の問題を生じますので、BMI(Body Mass Index)が20程度以下の体重(体重=身長m×身長m×20)の方は、スタッフに相談される事をお勧めします。
この最大酸素摂取量は他の体力要素と同様、加齢により低下します。20才から40才の間に7~8ml/kg/min程度低下すると考えられています。走り続けていればそんなに低下するとは思えませんが、残念ながら確実に低下することは間違いありません。もし一般の人と同じように低下するならば、20才の時50ml/kg/minの人が40才になれば42ml/kg/min程度まで低下することになります。先の式に当てはめると3時間34分台でゴールできたのが4時間02分台でのゴールになります。
持久力に限らず体力は加齢とともに低下します。最大能力が低下する中、タイムや距離にこだわる市民ランナーは、一流アスリート以上のリスクを背負うことになります。
次回も運動生理学の視点から考えてみましょう。